【メンバー】
人間:どやや
座敷童:ももみや
雨女:テフ
2014年8月11日スタジオパルフェ
【空に閉じ込めた祈り】
仕事の都合で田舎へと飛ばされたのだけど…。
そこは、想像していた以上に、ド田舎だった。
車は一人一台が当たり前。
バスも数時間に一本、あるかないか。
それも、走っているのはマイクロバス。
草木は制限なく伸び続け、鬱そうとしている。
ただ、太陽の光を、葉の一枚一枚が受け渡すように反射させ、輝く緑は悪くなかった。
普段は家に引きこもりがちで、緑なんて気にして来なかったのだけど。
社宅にと借りた家は、アパートではなく一軒家。
建てられて随分経つのか、ボロボロではあるが、男一人で住むには、最悪雨風凌げれば充分だった。
引っ越し業者を使いはしたものの、余分なものは持たない性格故、届いた荷物は必要最低限。
その日のうちに、荷物を片付け終えた。
少ない荷物を入れた部屋は、まだまだ余裕があり、ガランとして見える。
畳の上で胡坐をかきながら、部屋をぼんやり眺めていると、カラっと何かが擦れる音がした。
聞き覚えのある音だ、と思いながらも、記憶の中から音の正体を引き出す事は出来なかった。
音の正体を確かめようと、辺りを見渡しても何も見当たらない。
気のせいか…と思ったが、吸い寄せられるように、押し入れの襖へと手をかけた。
ガザっと、少々滑りの悪くなった襖を横へと動かすと、カラっと、また音がする。
隅に赤い色の風車が落ちているのを見つけ、手を伸ばし取り出す。
ふっと息を吹きかけてみると、勢いよく赤い羽根が回りだす。
カラカラカラ
あぁ、この音だったんだ。
…懐かしいなぁ。
お祭りの出店で、綺麗に並べられた風車が、風に吹かれ一斉に回る様を思い出した。
しかし、なんでこんな所に?
勿論、自分では持てきてなどいない。
先ほど片付けた時は、見当たらなかったように思うが、見落としていたのだろうか。
不思議に思ったが、答えの出ない問だと諦め、回していた風車に目を落とす。
「今日はさっさと寝ちゃおう。」
速度を落し、やがて止まった風車をテーブルの上に置いた。
知らずに気を張っていたのか、電気を消して布団に潜ると、すぐに心地よい睡魔に襲われ、意識を手放した。
パタパタパタ
小さな足音が、静かな家の中に響く。
「アタシの風車…あ!あった!」
ふっと息のかかった風車が、再びカラカラ鳴り始める。
「ふふふ♪」
---
チュンチュン
鳥のさえずりが、やけにハッキリ聞こえる。
朝の清々しい香りと一緒に、風が顔の上を滑り行くのを感じて、重たい瞼を持ち上げた。
「…あれ、窓、開けてたかな…?」
前の部屋から持って着たレースのカーテンは、この家の窓には少し長かった。
不格好に見えるレースのカーテンが、外から入ってくる風を受け、揺れている。
上体を起こしただけで、まだ夢うつつのまま窓を見つめる。
外に生い茂げる木々には、雀が集まっているようだ。
あくびを一つ、盛大につく。
ド田舎とはいえ、防犯はしっかりしないと。やっぱり危ないよな。
気を引き締めて、今日からはしっかり戸締りしよう。
---数日後
この生活にも慣れてきた頃から、時折、小さな足音が聞こえるようになった。
最初は遠慮がちだったのだが、向こうも慣れてきたのか、最近は気にする様子もなく、元気に走り回っているようで…。
パタパタパタ!
…まただ。また、足音がする。
最初はネズミか何かだと思ったが、この元気な足音は、どう聞いても人間の子供のそれだった。
本当にこの家に、子供がいるわけではない。
近所の悪ガキでも忍び込んでいるのでは、とも思ったが、この辺りの若者といえば、高校生が最年少。
既に大人に成長している子供の足音ではない。
となるとやはり、この足音は…幽霊、といわれるやつだろうか。
俺、霊感なんてないはずなのに…。
頭を抱える間にも、足音は続いている。
「…ねぇ。誰かいるの?」
思い切って声をかけてみると、今の今まで鳴っていた足音はがピタっと止み、水を打ったような静けさが訪れる。
「…はぁ。」
姿が見えない何かがいるというのは、どうにも気になるものだった。
どうせこの足音と共存するならば、コミュニケーションを取る事は出来ないだろうか。
せめて、食事中にドタバタするのはやめてくれと、伝えられないものか…。
得体の知れない相手とはいえ、子供である事には違いない。
どうにか…相手の気を引き付けられたら…。
「あっ、そうだ、風車…!」
ここに越してきた日に、どこからともなく現れ、そして消えた赤い風車。
今更ながら思い出したが、何か関係があるのでは?
よし、そうと決まれば買いに行こう!
…と、家を飛び出し商店街まで来たものの、今時、風車なんてどこに売ってるんだろう。
目ぼしい場所を覗いて全滅した俺は、「風車」をネットで調べてみた。
「…なんだ、案外簡単に作れるんだ…。」
確かに、昔の遊び道具で、あの作りだ。 そう難しいはずがない。
早速、材料を買い、家で作る事にした。
「…で、ここがこうなって…出来た!」
うん、なかなか様になってる。
ふっと息を吹きかけると、勢いよく羽根が回りだす。
上出来だ!
回る風車を前に満足しかけたが、これはあくまで手段である事を思い出す。
しばらく風車に息を吹きかけ羽根を回した後、机に置いて畳の上に寝転んだ。
後は待つのみ。
そう思い、瞼を閉じた。
「またアタシの風車を勝手に…って、あれ?これ、アタシんじゃない…?」
「その風車、あげるよ。」
「!!!」
丸みをおびたおかっぱ頭を、勢いよく散らしながら振り向いたその顔は、驚きに満ちていた。
畳でうたた寝をしているはずの俺と、目が合った。
パチクリと目を瞬かせるその子は、赤い着物を着ていた。
やっぱり、普通の子供ではないだろうな…ボンヤリ思いながら、相手の反応を伺う。
「あんた、アタシが見えるの?」
「普通は見えないはず、って事?現に今見えてるし、いつも足音も聞こえてるんだけど…。」
「ふーん。…アナタ、人間よね?」
「ふーんって…あの、足音が結構響くんですよ?せめて食事中ぐらいは静かにして貰えないかと…。」
関心のない反応に思わずガッカリしつつもお願いしてみるも、相手は何やらこちらを訝しげに見てる。
あ、そうか…質問に答えてなかった。と、気が付いて、れっきとした人間だよ、と答えるも、更に口を「への字」に曲げられた。
「どーして人間にアタシが見えるのよ!アタシはねぇ、座敷わらしなのよ!」
座敷…わらし…。
あぁ、聞いたことはある。
確か、家に住みつく子供の妖怪で、見ると幸せが訪れるとかなんとか…?
目の前の少女が、それだというのか?
…確かに、人間の子供ではないだろうと思ってはいたが、妖怪だ、と言われ「はい、そうですか。」と信じられるわけがない。
せめて、成仏しきれない子供の幽霊、とかなら、まだ理解出来そうなんだけど…いや、それもそれかな?
完全に混乱してる俺など放ったらかしに、変なの!変なの!と、座敷わらしはグルグル回ってる。
「そうだ、アタシもう隠れなくていいわよね?」
「…へ?!」
混乱してる所に飛んできた質問は、あまりに突拍子のない問いだった。
え、どういう…?と、オロオロする俺に、座敷わらしは気にした様子もなく続ける。
「だって、見えてるならコソコソする必要ないじゃない。」
それは、座敷わらしとして、どうなのか…。
こうして、俺の意見など聞き入れられないまま、座敷わらしとの奇妙な暮らしが始まった…。
---
畳に寝転んだ座敷童が、風車をふーっと回す。
カラカラカラ
「…あ、そうだ、あんた気を付けた方がいいよ。」
「へ?何が??」
気だるそうなまま、よーかい!と一言。
よーかい…ようかい、妖怪?
良くわからない、と言った表情の俺に、やれやれっと言葉を続ける。
「あんた、アタシが見えるんだから、他の妖怪も見えるんじゃない?」
「他…?え、まさか…!?」
他にも似たようなのが、いるって事…?
い…いやだぁ、見たくない!!
そんな会話をした次の日。
今まで引きこもりだった俺は、最近散歩の趣味が出来た。
というのも、家にはあの座敷わらしが大抵いるし、最初に住んでたのはアタシなの!と言われてはどうしようもなく。
一人の時間を作る為の散歩だった。
人付き合いは苦手だけど、そうそう人に出会わない上に、近所の人はいい人ばかりで助かる。
今は梅雨時。
幸い、今日は雨は降っていないが、どんよりとした雲が空を覆っており、いつ雨が降ってきてもおかしくはない。
向かいにはより鬱蒼とした山があり、何気なしにそちらへ視線を向けた瞬間、ドキっと心臓が跳ねた。

白いワンピースの、髪の長い女性が見えた。
あんな所に、人?
そう思ったが、その手前には石で造られた鳥居が見える。
あぁ、神社があるんだ。参拝、だろうか。
そう思いながら再度彼女の方へと視線を戻すが…
「あれ?いない…。」
緑の中に映えた白のワンピース。
見間違い、ではないはず…。
この辺に、あの年頃の髪の長い女性なんていただろうか?
旅行客…なんて、滅多にくる場所じゃないしなぁ。
ブツブツと考えながら歩を進めると、頬に冷たい雫を感じ、空を見やる。
「わ、雨!」
ポツポツと降り始めた雨に、今日の散歩はここまでだ、と打ち切り、家へと引き返す。
「髪が長くて白いワンピース?」
「うん…まさか妖怪じゃないかと思って…。」
大急ぎて家へと変える道筋、昨日言われた事を思い出し、なんだか嫌な予感がして、座敷わらしへ話を振ってみみた。
ちょっと考えた様子の後、神社にいた?と聞かれ、コクリと頷く。
「この辺で神社にいたなら、多分雨女ね。」
「雨女…?」
出かけの用事がある毎に、雨が降ることをいう、あの「雨男。雨女」の事?
それは…妖怪、なのか…?
「まぁ、大した害はないわよ。雨降らす為に祈りを捧げるのよ。それだけ。」
「ふーん…?」
そんな妖怪もいるのか。
まぁ、でも、座敷わらしだって家に住みついて幸せを運ぶ、って妖怪だもんな…。
害のない妖怪って、案外いるのかも。
---
結局、来てしまった。
たった一瞬、顔さえ見えなかったにも関わらず、嫌になる位気になってしまい、座敷童との会話も上の空。
しまいには、風車の柄を頭に指すように小突かれた。
-そんなに気になるなら、行って来ればいいじゃない。と、言われた時は、「これ以上、妖怪の知り合いなんてゴメンだよ!」と目を剥いたものだった。
それなのに、だ。
今日もうっすらと雲が覆う中、昨日見かけた神社の前へと立っていた。
「…あ!」
大きく鮮やかに咲いた紫陽花の群れの中、白いワンピースが一際目立つ。
雨女、だ。

紫陽花に囲まれた雨女は、その化身ではないかと思うほど、美しかった。
こちらに気付いた様子はなく、踵を返す様を見て、慌てて追いかける。
紫陽花の中に立っている、と思ったが、丁度間に階段があったようだ。
階段の上で、ヒラリと白いスカートが揺れるのを見て、駆け上る。

階段下にあった石の鳥居とは違い、木で出来た朱色の鳥居を潜る。
辿り着いた拓けた地で、雨女は両手を合わせ祈りを捧げるように、天を仰いでいた。
神聖なものに見え、思わずほうっと見惚れる。
じっと見つめていたいたせいか、視線に気づいた雨女と目があった。
「あ、あの!雨女…さん?」
反射的に声をかけたものの、語尾が曖昧になる。
オドオドしている俺に対し、雨女は首を傾げた。
「あなた、私が見えるの?」
「あ、の。そのよう、です…。」
細く透き通るような声は小さく、聞き逃しそうなほどだ。
じっと見つめてくるその瞳は、水のように青い色をしていて綺麗だ。
女性に見つめられる事も慣れていない。
余計しろどもどろに、視線を逸らす。
-実は座敷童が家にいて、そこで初めて妖怪を知ったんです。
なんて、話すつもりだったというのに…情けない。
「あなた、雨はキライ?」
「へ?あ、雨、ですか?」
後から考えれば、雨を降らす雨女として、当然考えられる質問である。
ただ、既にテンパっていた俺には、脈略のない、唐突な問いに思えた。
何で、この質問?などと考えているうちに、雨女が口火を切る。
「私、雨が好きよ。だから祈るの。でも、あまり降らせると嫌がられるから。
でも、梅雨は特別。」
---
呆けたようにボンヤリした表情のまま、帰ってきた男を見て、座敷童は露骨に嫌な顔をした。
男が家に着くと同時に、雨粒が窓を叩き始めた。
忌々しげに、降り始めた雨を見ながら、座敷童は吐き捨てる。
「あれだって妖怪なんだからね。惚れても報われないわよ?」
「…な!?惚れてなんて…!!」
ない--とは、無言の圧力を前に言う事も出来ず、男は視線を泳がせた。
---これから雨が降るから、あなたは早く帰った方がいいわ。濡れてしまうもの。
小さな声でそうつぶやき、男の事を気遣ってくれた雨女。
綺麗な青い瞳、悲しげに下がった眉、水を閉じ込めたようなネックレスが下がった首、白いワンピースを纏った華奢な体。
一つ一つが鮮明に思い浮かび、男は頬を染めた。
そんな様子を見て、座敷童はため息をついた。
「おっかしいなぁ。あれは男をたぶらかす妖怪じゃないはずなのにー。」
たぶらかされたわけでは…!という叫びは、口の中でモゴモゴと消えた。
---
「…でね、目を三角にして怒るんだ。」
「ふふ、仲良いわね…。」
すっかり仲良く…というか、俺が気兼ねなく話せるようになるほど、俺はあの神社に通い詰めていた。
いつものように、座敷童との生活を話していると、雨女が何か言いたげに顔を向けた。
「何?どうしたの?」
「ねぇ、なんでそんな眼鏡を掛けているの?」
「へ?あぁ、目が悪いのもあるけど…。」
今時、珍しいくらい古くてダサい眼鏡を掛けていた。
唯一、これが他人の視線をシャットアウトしてくれる壁だったから。
お洒落である必要がなかったのだ。
言い淀み視線を落とした俺の上に、影が落ちる。
上を見上げると、膝立ちになった雨女が上から覗き込む視線になっていて、ギョっとした。
細い手が伸びるのを、ドキマギしながらされるがままとなる。
「…ほら、眼鏡なんて、ない方が似合うわ。」

近づいた距離に顔は熱くなり、頭は上せ上がる。
眼鏡を持ったまま、優しく微笑む姿は、反則だ。
しかし、直ぐに雨女の表情が悲しそうなものへと変わる。
「私は、これでも妖怪なのよ。」
急に変わった展開についていけず、男の視線は泳ぐ。
眼鏡を脇へと置いた雨女は、空いた手を男の方へ伸ばす。
頬に添えた手で、男の顔を上に向かせると、雨女は上から覗き込んできた。

「見て、この瞳が青いのは、雨を閉じ込めているからなのよ。」
促されるままに、瞳を覗き込む。
あまりの近さに、心臓は煩く鳴り響き、まともに考えられない。
ただ、ただ、なんて綺麗なのかと、思った。
妖怪であろうと、なかろうと、男にはどうでも良かった。
「俺は…その綺麗な瞳も含めて、あなたの事が好きだ。」
男が抱いていた淡い恋心に気付いた雨女から、やんわりと宥めようとしたのだが…。
男はその意に反し、たぶん、男自身も意に介さぬ内に、口から告白が飛び出したのだろう。
慌てながら、言葉を紡ぐ男を見て、雨女は悲しそうに微笑む。
「妖怪と人間は、相容れぬ存在よ。」
「それでもーー! 俺は、キミと一緒にいたいんだ。そばに、いるだけで…。」
懇願するような表情へと変わった男との見つめ合いに、雨女の側が折れた。
「…いたいだけ、いて。」
ぱっと嬉しそうな表情になった男に、雨女はすかさず釘を刺す。
「あなたは人間よ。人間としての人生を忘れないで。人間の恋人を見つける事も。」
勢いよく何度も頷いて、了承の意を見せる。
けれど、男の中では、雨女以上のパートナーを見つける気など、欠片も持ち合わせていなかった。
そんな事にも気が付いている雨女は、しかし何か言うわけでもなく、仕方なさそうに微笑む。
「あなたに、これ渡しておくわ。」
「え?何??」
男の後ろへと回り込むと、首にネックレスをかけた。
大きな雫の形をしたそれが、男の胸元で揺れる。

「綺麗だね。君のとお揃い?」
「あまり私といるから、感化されるのね。あなた、目が青くなってきてるの、気が付いてる?」
「え、嘘!?」
雨女の言葉に、反射的に目元を抑える。
鏡もないこの場所で確認する術はない。
雨女がそういうのだから、と、無条件に信じる男は、自分もお揃いの綺麗な瞳を持つ事を想像した。
嬉しい限りではあるが、生粋の日本人としては、困った事になりそうだ。
「それを身に着けておいて、変に感化されることはなくなるわ。」
雨女から貰った初めてのプレゼント。
言われずとも、肌身離さず持ち続ける気は満々だ。
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家に帰ると、ネックレスを一瞥しただけで、全てを悟ったらしい座敷童に「進んで茨の道を行くなんて、物好きー!」とからかわれた。
やめときなさいよ?とは、もう言う気がないようだ。
その後も相変わらず。
座敷童と共に生活しつつ、雨女の元へと通い続けた。
人間と変わらない恋人同士の振る舞いで、甘く幸せな日々を過ごした。
座敷童と暮らしていた家は、もともと社宅で借りていたものだが、気に入ったからどうしても!と頼み込み、こっそりと家を購入していた。
こんな古いのに、物好きだなぁと、案外あっさり購入出来た。
出ていくことも考えたが、後から来た人が、自分と同じ運命を辿りかねない。
そんな被害者を出さないために…。
などというのは建前で、本音は出ていくのがほんの少し、寂しく感じたからだ。
自分の中で言い訳を作りつつも、最後まで家の事で座敷童に何か言うことはなかった。
両手を合わせ、天に祈る姿を眺める。
こんな山の中まで、よく通い詰めたものだと呆れつつ関心する。
「最近、雨多いんじゃない?」
祈りを終えた雨女が、何も言わずに座敷童の元へ近づく。
自分でも自覚しているのだろう、それに対しては何も言わない。
「こんな所まで、来ていいの?」
「いーの。…そろそろ、家を変えなきゃいけないし。」
家主のいなくなった家は、補修しつつ綺麗に使われてはいたが、もう大分傷んでいた。
壊されるのが分かっていて、いつまでも踏み止まっているわけにはいかない。
「人の寿命は、やっぱり短いものね。」
そうは言うが、アイツは人間としては大往生した方だ。
最後まで人間の伴侶を見つける事はせず、 出会ったころと見た目が全く変わらない雨女に魅入られたままだった。
「バカなんだから。」
誰が、とは言わず、座敷童は呟いた。
さっと二人の間を風が駆け抜ける。
「そろそろ行くね。雨、降っちゃうし。」
「それがいいわ。」
座敷童がさるのを見届けて、雨女は空を仰ぐ。
そろそろ雨を降らすのは、控えなければ。
ポツっと空から雨粒が落ち始めた。
顔にあたっては流れ、髪を、服を濡らしていく。
冷たい雨を感じながら、雨女は薄く笑みを浮かべた。
一番好きなのは、雨。
そこに戻るだけ。
【あとがき】
最初は好きとかいう感情じゃなかったのに、一緒に過ごすうちに好きになった。
それなのに、相手だけがどんどん年を取って、最後には自分だけが残る。
愛した相手がいなくなったその世界で、まだまだ生きなければならない妖怪の自分。
こんな感じの、寿命の違い過ぎる二人の恋愛が悲しく儚く、とても好き!
タイトルは大好きなお題サイトさんから頂きました。
by「たとえば僕が」