創作:ドール




【愛されているとも知らないで】

「…月の石、だと?」
「そう、月の石。」

君は知っているでしょ?と問われ、思わず眉間に皺を寄せ聞き返す。
だが奴は、こっちの気も知らずに笑顔で繰り返す。

「それだえあれば、彼女に命を吹き込めるんだ…!」

キラキラと瞳を輝かせて言う"彼女"は、今もイスに座らされ、青と赤の瞳で宙を見つめている、ドールの事。
自分と良く似た金色に輝く髪は、クルクルとご丁寧に巻かれている。


Photo by さくちゃん


「人なんてキライだ。」という彼の「親友」というポジションをなんとか奪い取った俺は、虎視眈々と狙っていた「恋人」という座を、あろうことか、彼の「理想の」人形に奪われようとしていた。
いくらドールとはいえ、彼の愛を一身に受ける姿は妬ましい。
手を伸ばして触れれば、倒れるしかない「偽物」のくせに。

「ねぇ、聞いてる?」

反応のない俺の服を引っ張る彼を、ジロリと睨みつける。
そのまま無視して本棚の前へと移動し。覚えのある本を片っ端から取った。
後からついてきた彼に次々と本を渡すと、「お、重い…」と泣き言が聞こえてくる。
トドメに、と頭の上に本を置いてやると、「うぐ…」と悲鳴が漏れた。


Photo by テフ


「これらの「月の石」に関する書物を持って来たのは?」
「き、君です…」

よろしい、と呟いて、彼の持っている本を半分持ってやる。
残りも机に投げ出すと、彼は酷い目にあった、というように肩をすくめてみせた。

「君がそういった石たちの研究をしている事は、勿論知っているよ。だからこそ…」

”幻”といわれている月の石を、手に入れられないだろうか?
そう言いたい事なんて、最初から分かってる。
ただ、いくら彼のためとはいえ、恋敵に命を吹き込む石など、誰が好き好んで渡すものか。
再び眉間に皺の寄る俺に、彼も流石に、これ以上言うのは諦めたようだ。
元々無理難題だという事は、理解しているのだろう。
壁にかけられているクマのお面を取り外すと、彼は自分の顔を隠した。


Photo by 慶さん


「--今日は、"外"の日か。」
「…うん。」

クマのお面で隠された顔からは、表情は一切読めない。



***



私はドール。
"人"嫌いなオーナーが、理想を詰め込んで作ったのが私。
"外"の世界では嫌なことばかりだからと、オーナーはクマの仮面で自分を隠す。
そんな日は、帰宅後クマの仮面を投げ出して、私の膝に頭を落として呟く。


Photo by 慶さん


「今日も外は怖い世界だった。」
「君がいるから、僕は生きれるんだ。」

オーナー、あなたには私だけじゃないわ。
素敵な友達がいるじゃない。

唯一この部屋へとやってくる、オーナーの"親友"という男がするように、私も頭を撫でて慰めてあげたいのに、私の体は、私の意志では動かない。
オーナーと同じく声を発し、自分の意志で動く彼が、私は羨ましい。



***



「はぁーやっぱりダメだったか。」

僕の唯一の理解者、親友である彼に尋ねた「月の石」
彼がその研究をしている事も、探し求めている事も、実は小さな欠片を所有している事も、僕は知ってる。
何度かそれとなく尋ねてははぐらかされたから、思い切って直球勝負してみたのだが。

「玉砕、だったなぁ。」

でもそれも仕方のない事。
彼に迷惑をかけずに、自力で探し出すしかない…!
とりあえず、彼が持って来てくれた「月の石」に関する本をもう一度調べなおそう。
愛しの彼女の為に。

綺麗な青と赤の瞳と目があって、僕はニコリと微笑んだ。
僕の好きな青色と、彼の好きな赤色。



***



オーナーは、部屋中に本を散らかしたまま、机に突っ伏して寝てしまった。
体が痛くなるから、ベッドで寝るのがいいんだけどね、っと私に話してくれていた事を思い出す。
だけど私は、動けない。

コンコン

ノックの音が聞こえ、すぐに「おい、いないのか?」と声が聞こえてきた。
カツカツとブーツが床を叩く音が近づいてくる。
彼の好きな赤色のズボンが、私の視界にも入ってきた。
オーナーの親友だ。
机に突っ伏して寝ているオーナーを見つけると、彼はソロリと足音を立てないよう近寄った。

オーナーを見下ろしたまま、散乱した本に目をやり、頭を掻く。
どうやらその本は、依然彼がオーナーに"意地悪"して取り出した書物らしい。
複雑そうな表情で、オーナーの頭に手をやると、柔らかな髪を二度程撫でた。


Photo by テフ


ベッドにある毛布をオーナーに掛けると、私を一瞥し、また音を立てずにその場を後にした。
その後、彼はオーナーの前から姿を消した。

「また、どこか旅に出てるのかな。」
「それなら、一言くらいあってもいいのにな。」

オーナーは寂しそうに私に話しかける。

どうして、彼はオーナーを一人ぼっちにしてしまうの?
私では、オーナーの寂しさを埋めてあげられないのに。



***



「ほら、やるよ」

突然の、それも久しぶりの訪問に、俺を見るなりぱっと輝いた彼を無視して、手を差し出す。
ぶっきらぼうに突然突き出された手に首を傾げつつ、素直に手を伸ばす彼。
手のひらが上を向いたのを確認して、その上に落ちるように、握りしめていたものを離す。
真下へと落ちた石を摘まんで、光を当てながらまじまじと覗き込んでいる。

「…これ、って…。」
「あんたが欲しがってたもの。」
「月の石!!」

ぱっと弾けたように笑顔こそ、苦労して探し出した月の石よりも美しい。
しかしその笑顔が向けられたのも、ほんの一瞬の事。

「試してくる!!」

浮足立った状態で、彼は俺の前を素通りしていく。


Photo by テフ


向かう先はドールの元。
一人興奮気味に何やらぶつぶつ独り言を呟く彼の背中をしばらく見つめたが、これから起こる"命を吹き込む瞬間"を思うと、見ていられなくなり、そっとその場を後にした。
決心してきたはずだったが、その場に立ち会う気にはなれなかった。
あんな玩具に彼を取られるだなんて。



***



親友が来なくなって、寂しい日々が続いていたのがウソのようだ。
今、心は高揚感で満たされ、ウキウキと踊りだしたい気分だ。
僕が欲しがっていた月の石を探すために、彼は旅をしてきてくれたんだ!
そしてこんなに大きな石を見つけてプレゼントしてくれるなんて!
これで、彼女に命を与えられる。
僕と彼の最高傑作。

ドキドキと高鳴る胸を抑えながら、彼女に着せていた黒いワンピースを脱がせる。
下に着せていた白いキャミソールとショートパンツが露わになる。
慎重に、月の石を胸元へ持って行った。


Photo by 慶さん


すーっとまるで氷がとけるかのように、小さくなっていく月の石。
彼女の胸元に、月の石の光が吸い込まれていく。
完全に石が消え、光も消えた。

だが、彼女が動き出すことはなかった。



***



あぁ、なんて!
なんて素晴らしいの!

私の思うがままに、手が、足が、体を動かせる!
見たい方向に目をやれる、声も出せる!

オーナーの望んでいた"命"が吹き込まれたんだ…!


Photo by さくちゃん


なのに、なのに、どうしてだろう。
真っ暗な部屋の中、窓の外では星たちが光り輝いている。

オーナーは、今ベッドでスヤスヤと寝息を立てている。
昼間に月の石を体に溶け込んなせてから、今の今まで動けなかったのに。
でも、今まで近寄れなかったベッドまで、自分の足で、近寄れるんだ。
そっとベッドの端へと移動して、オーナーの顔を覗き込む。

「ふふふ、私のオーナー。私、あなたとお話し出来るのよ。」

口元を綻ばせて、私はオーナーの頬にそっと触れた。
私、私ね、あなたが大好き。



***



「君のおかげで、彼女は命をもてたらしい。」
「…らしい?」

僕の言葉に、彼は眉を寄せ、怪訝な表情をする。
--らしい。
そう、確かに彼女は命を宿したのだが、僕にそれを確認する術がないのだ。
どうやら彼女が動いて話せるのは、僕が寝ている間だけなのだから。
これはなかなか悲しいすれ違いだ。
そう説明しながら、小さく笑みを浮かべるも、彼の眉間には皺が寄ったままだ。

「…なんでだ。」
「僕も分からないよ。…でも、僕は嬉しいんだ。」

僕たちは、確かに彼女に命を宿す事が出来たのだ。
それが分かるだけで、僕はとても満たされていた。
僕らの愛おしい子。



***



寝る前と起きた後で、ドールの位置がズレている。
物が動いてる、メッセージを残してくれた。

そんな細かやな事を、彼は記録に残していたようで、楽しそうに報告してきた。
ただそれを聞きながら、胸の奥底がザワつくのを感じ、酷く気分が悪かった。
なんだって、こんな中途半端な事になったのか。
いや、分かってる。
俺の邪な思いが、邪魔をしているんだ。

部屋へと訪れてみたが、クマのお面がない。
今日は"外"へ行く日だったか。

本棚の前に、イスに座らせられたドールがいる。
カツカツと床をブーツで叩きながら近づく。

「お前の中に、本当に命はあるのか?」

答えは返ってこない。
俺には前と変わらないようにしか見えない。

動きもしない。
喋れもしない。
人間の形をした偽物。

だが、その"偽物"に負けた、俺は。



***



後ろから伸びた手が、髪の毛ごと首へと触れた。
両サイドから首を挟む手のぬくもりが、伝わってくる。
しかし私の首は、相変わらず無機質なままだろう。
このまま首を絞められたら、私にも死は訪れるのだろうか?


Photo by さくちゃん


もしも…もしも、このまま私が死ぬとしたら、それは私に命があったという証明になろう。
1つだけ、心残りなのは、ずっと一緒にいられると思っていたオーナーと別れなければならない事。
でも、私がいなくても、この人が、オーナーの親友が、いてくれるなら。
オーナーは寂しくなんて、ならずに済む。

だから…お願い。
どうか、私の無き後は、オーナーとずっと一緒にいてあげて。



***



女の声が聞こえた気がして、力を入れていた手が緩む。
それと同時に、今の今まで自分がしていた事を自覚して、急に恐ろしくなった。
そっと手を引いて、自分の手を見つめる。


Photo by さくちゃん


俺は…俺は、一体何をしていたんだ…。

今更ながらに小刻みに震える手を見つめながら、どっと後悔の念が押し寄せ、潰れそうになるのを必死で耐える。

アイツの想いを、俺一人のくだらない感情で邪魔をするなんて…俺は…



***



「ただい…あれ、来てたん…だ?」

ようやく自宅に辿り着いた。
大嫌いな外を遮断すべく、扉を開けて中へと滑り込む。
中には親友の姿があり、声を掛けながら、目の前に広がる光景に言葉が上ずった。

「な…なんで…!?」

僕の目は白黒しながら、交互に視線を泳がせる。
なんだか複雑そうな表情の親友は、僕の問いに答える気はないらしい。
かわりに、と言わんばかりに、彼女がそっと前へと歩み出た。

「オーナー。…私、動けるようになったの!」

ぱっと花が咲いたような笑顔。
ドールの口から言葉が溢れた。
僕とも、親友とも違う音色のその声は、とても女性的で彼女にピッタリだ。
急に力が抜けて、僕はヘナヘナとその場にしゃがみ込む。
ビックリしたように、彼女は僕の元へと駆け寄り、手を握りしめながら顔を覗き込んでくる。

「オーナー?どうしたの?大丈夫?」

彼女は、彼女の意志で動き、言葉を発しているんだ!
僕は目の前の彼女を力いっぱい抱きしめた。



***



「本当の本当に知らないの?」

何度目になるのか、繰り返される質問に、俺は最初から変わらず「知らん」とだけ吐き捨てる。
明確な理由など、本当に知らない。
もしや、の理由などは、絶対に言うものか。
そう何度目かの固い決心をしてより強固になる俺は、チラリと隣へ視線を投げる。
不満気に口を尖らせる親友の姿が目に入り、思わず苦笑いが漏れる。

「…とにかく、あんたが幸せで良かった。」



***



清々しい顔でそういった彼は、今にも僕の目の前から消えてしまいそうで。
瞬きすらできず、僕はただ見つめるしか出来なかった。

「ほら、さっさと今月のノルマ終わらすぞ!」

頭を押さえ込まれるように、乱暴に髪をかき乱してくる。
急な事に対応できず、前のめりになった僕が悲鳴を上げると、彼はいつもと同じ笑顔を向けていた。
僕の悲鳴を聞きつけたのか、彼女が「大丈夫ですか!?」と飛び込んできたのを見て、僕らは笑った。
キョトンとした後、一緒になって笑う彼女を含め、3人で笑い合う。
まるで本物の家族のようだ。

僕はこっそり幸せを噛みしめる。

「願わくば、いつまでもこの3人でいれますように。」


Photo by 彼方ん


END





【あとがき】

「愛されているとも知らないで」このタイトルは、オーナーへも向けられていますが、親友へ向けられた言葉でもあり、この2人のすれ違ったままの恋愛話…となりました。
というのも、当初の予定では、ドールとオーナーの恋で撮影したし、物語を書き始めたんだけど、オーナーが実は親友が好きなんだって言い出す(脳内で)んだもん…。

親友を決して失いたくないオーナーは、親友と同じく自分の気持ちには蓋をして、代わりにドールを作る。
親友はそれを「恋人」であると思い込んでいたけれど、オーナーは自分達の「子供」として作っていた…という設定。
なので、瞳の色を自分たちの好きな色にしたり、髪色も2人から生まれそうな色を想定したんだろうな、と。
ドール自身の「好き」の気持ちはそれこそ「生みの親」としてのもので恋ではなく、きっとこの後、ドールの働きで2人はちゃんと結ばれて、家族3人になるんじゃないかなーというかなってほしいなって想像。

撮影に関しては、念願のドール撮影にこれだけの物語が作れるように撮影に付き合ってくれた2人に感謝!
球体メイクもそこそこ上手く描けたかな。(膝裏等はさくちゃんに手伝ってもらいました^^)
ただ撮影ではもっと視線や手足の動きをドールらしくすれば良かった…と、後から写真を見返して思いました。
ドールらしくない…!でも撮影時間短い中だったのと、ストロボや背景スタンド使った撮影を試せたので満足です。

タイトルは大好きなお題サイトさんから頂きました。
by「たとえば僕が