14年ハロウィン




【まだ僕らはカゴの中】

私の夫は、もう5年も前に亡くなってしまった。
それから私はずっと独り。

彼の帰りを待ち続けていたけれど、それも今日で終わりを迎える。
10月31日の今晩、彼は再び私の前で息を吹き返す!



私には、それが判るわ。

「私の愛しき人。あなたの瞳を、声を、力強さを、早く感じたい。」






日が暮れるまで、青白い顔をいつものように眺めていた。
時折、その冷たく固い頬に触れ、笑みを零して。

暗くなると、辺りの家々ではカボチャをくり抜いたランタンが灯され、カボチャ料理やお菓子でパーティーが始まる。
彼女の家だけを除いて。

彼女の前で、彼の瞳が静かに開かれる。




息を詰めて見つめる彼女を、彼の瞳が捉えた。

「あぁ…なんて、ことだ」


苦しげに呟かれた声。
久しく耳にする事のなかった、彼の声。
記憶と一寸も違わぬ、表情、声、ゆっくりと起き上がる動作。
彼が、また私の前に、いる。

「本当に…素晴らしい事だわ…!」

涙を浮かべ喜ぶ私に、彼は、あぁ、どうして。
どうして悲しそうな表情で首を振るのか。



「いけない。君は…あぁ、僕の薔薇。君はもっと美しい。
それがどうだ、闇のような黒を着込んで、まるで花を咲かさぬ、忌まわしい荊のようだ。」

「あぁ、許して頂戴。でも、もうこの服も必要ないわ。
だって、あなたが戻ってきたのだから…」

そうよ、以前のように。
白いワンピースを着て、薔薇やガーベラ、他にもたくさんの花を庭中…いいえ、家中に飾るの。
あぁ、部屋に光と風も通さなきゃいけないわ。そして、二人一緒に楽しく暮らすの。

私の語りにも、彼は表情を変えない。

「僕は、もう君に相応しくないんだ。僕は、君を一人残して逝ってしまった。…それから5年、5年もだ!」



「君は僕に捕らわれたままだ。それではいけない。
だから今晩は、君から、僕の体を取り戻しに来たに過ぎない。
もう、戻る事は出来ないんだよ。」

どうして。どうしてそんな事を言うのか。
今度は私が首を振る番だった。
嫌々と駄々をこねるように、首を振るも、彼の憂いに満ちた表情を見ると、それすら出来なくなってしまう。



ただ見つめる私の手を、彼がそっと触れてはっと息をのむ。
そんな私を見て、ようやく彼は微笑んだ。

「そうだよ、ローズ。血が通わぬ手はこんなにも冷たい。解るだろ?僕の心臓は止まったままだ。」

彼の胸にゆっくりと手を当たられるが、彼の言うとおり、鼓動は感じる事は出来ない。
彼は私の手を離し、私が今までそうしてきたように、私の頬を撫でた。



冷たい、手だ。

「…本当に、すまない。幸せにすると誓ったのに、こんなにも悲しい思いをさせてしまって。
君の気持ちは痛いほど良く分かる。僕に対する想いも。

でも、もう充分だ。君は残りの人生を、自分の為に生きなければいけない。
僕のせいで君の人生を暗くするのは、僕の本意ではないよ。」

「私…ずっと、あたなを悲しませていたのね。」




彼を失った悲しみで、何もかもが見えていなかったのだと、彼の言葉でようやく気が付いた。
5年もの間、深く暗い闇の中に、彼さえも閉じ込めていたのだ。

「優しい君。分かってくれて嬉しいよ。でも、自分を責める必要はないよ。
悪いのは、君を置いていった僕なんだからね。」

彼は私の考えくらい、全てお見通しだろう。
もはや彼の言葉に、これ以上何か言うなど愚問だ。
私にも彼が言わんとする事も、考えも分かっているのたから。



しばらく、ただ黙って見つめ合った後、私はおずおずと口を開く。


「今晩が最後なら、せめてもう一度だけ…」

全てを言い終わるより前に、彼はニコリと笑みを浮かべた。
そうして私か望んだように、以前と少しも変わらぬ自然な動きで、私を自身の胸へとしまい込む。

「…温めてやることが出来なくて、ごめんよ。」

ポツリ、と耳元で囁かれた通り、私の体を包む彼の体は、先に触れた手と同じく冷たい。

「いいえ、とても暖かいわ。」

自分もまた、以前と変わらず、彼の胸へ押し付けるように、顔を埋める。
やはり、鼓動は聞こえない。






蝋燭の灯が揺れるのを、寄り添いボンヤリ眺めながら、時折指を絡ませ、髪を撫で、愛を囁き口付けを交わす。
ゆっくりと、まるで永遠に感じられた時間はしかし、確実に終わりへと向かっていた。

「…ローズ。愛しているよ。」
「えぇ…私もよ、愛しているわ。」
「どうか幸せに、良い人生を送ってくれよ。」

笑みを浮かべた彼の体が…薄く透けながら、足は地を離れていく。
宙へと、ゆっくりと溶けていくようなその姿を前に、ぎゅっと心臓が縮こまり、ザラリと黒いものが体に覆い被さってきた。

 消えて、しまう。

そう意識した瞬間、反射的に口をつく。

「ま、待って…!」



しかし、すがりつこうと伸ばした手は、彼の体に触れる事なく宙をかく。
今にも消えてしまいそうな彼は、少し悲しそうに、大丈夫、と。
向こう側が透けた手を私に向け伸ばしているのが、かろうじて見える。



「ローズ、君は美しいーー」
「……バラ、だ…」




一人ポツンと残された部屋で、彼の言葉を引き継ぎ呟いた。






共に歩こうと決め、誓い合い結びあった、左手の薬指。
静かに、そこにハマる指輪をひとなでし、久しぶりに薬指を解放した。
コトリ、と音を立てて、トランクの上へと置かれた指輪。




「さような、私の愛しき人。…レイ。」






【あとがき】

今回は、混沌としたカオスをテーマに。
…書きながら、学生の頃読んだ「リリス」を思い出し、あの頃分からなかった物語は、今ならもう少しくらい読み解けるかな、と思ってみたり。

タイトルは大好きなお題サイトさんから頂きました。
by「たとえば僕が


撮影:13.10.31